BEYOND WORDS 九谷焼、進化する伝統

COLUMN

加賀百万石の豪華絢爛な色絵時期である「九谷焼」。約370年の歴史のなかで、五彩手や青手など多彩な洋式を生み出し進化を続けてきました。本特集では、伝統技術を受け継ぎながら、現代の感性で未来を切り拓く3人の作家に注目し、変わり続けることで受け継がれてきた、九谷焼の新たな魅力に迫ります。

伝統に、自分の色を重ねて ── 中谷まこが探る赤絵細描の可能性

九谷焼の伝統技法「赤絵細描」を受け継ぎながら、独自の表現を追求する絵付作家・中谷まこ。白磁に溶け込むような赤のグラデーションと繊細な線描を用い、天使や人魚、森に差し込む光といったモチーフを物語性豊かに描き出す。北海道で過ごした学生時代から、九谷焼との運命的な出会い、そして伝統と個性の間で育まれた創作の哲学まで——。次代の九谷焼を担う若手作家の歩みと、その表現の源泉をたどった。

中谷さんは北海道ご出身だそうですね。最初に九谷焼に惹かれたきっかけを教えてください。

中学生か高校生の頃に雑誌で見た、赤絵細描の玉盃(さかずき)の写真がきっかけでした。そこに描かれていた麻の葉文様や小紋の美しさに強く惹かれたんです。当時の私にとって、文様は時代劇の着物に使われるような、古風なものというイメージがありました。でも、その玉盃はとてもモダンで、「かっこいい」と感じたんですよね。幾何学的な直線や丸の連続だけで、こんなにも美しい模様が生まれるんだ、と驚きました。好みの色合いの、少し高級なキャップ式の赤ペンを買って、見よう見まねで小紋を描いたこともあります。ただ、実際に九谷焼の現物に触れたのは、それから10年以上後のこと。大学卒業後に石川県を訪れ、初めて本物を見ることができました。

陶芸の道に進もうと思ったきっかけを教えてください。

大学卒業後、一般企業に1年間勤めました。その会社の裏手に、手仕事の工芸品を扱うお店があって、昼休みによく立ち寄っていたんです。そこの店主の方が、作品そのものだけでなく、作り手の思いや制作環境、素材について丁寧に話してくださって。話を聞いているうちに、「自分でも作ってみたい」という気持ちが芽生えていきました。その後、会社を辞めて2年ほどフリーターをしていた時期がありました。北海道・富良野の農家で住み込みのアルバイトをしていましたが、学生時代の友人たちは新卒社員として経験を積み、後輩の指導をする立場になり始めていました。一方で、私は農作業の合間にもスケッチブックを手放せず、昼休みには花を描きに行くような生活を続けていたんです。周囲が少しずつキャリアを重ねていく姿を見て、自分の将来について考えることが増えていきました。自分は、本当は何をしたいのかと考えた時、「私の原点は、学生時代に見たあの玉盃だったな」と気づきました。やらないで後悔するくらいなら、最後に挑戦してみたい。そう思って、フリーター2年目の冬に、1人で石川県を訪 れたんです。

すぐに九谷焼技術研修所に入るつもりでしたか?

まずは、本物の九谷焼を見に行こうと思って、加賀の観光地を巡るバスに乗ったんです。そのコースに、「九谷美陶園」さんが含まれていて。軽い気持ちで立ち寄ったところ、思いがけない出会いがありました。お店の方が偶然にも出身地が同じで、私が「九谷焼の赤絵を学びたくて研修所を見学しに来ました」と話したところ、「今から窯元を回る予定だけど、一緒に来ますか?」と声をかけてくださったんです。そのおかげで、予定にはなかった窯元巡りをさせていただけることになりました。さらに、その方が能美市で赤絵細描の第一人者である、福島武山先生に連絡を取ってくださり、工房まで見学させていただくことになったんです。

初めて赤絵細描を見た時、どのような印象を受けましたか。

実際に手に取った時、自分が小人になったような気持ちになりました。写真で見ているだけではわからなかったのですが、模様の密度が高いんです。細かすぎて、少し離れて見ると柔らかなピンク色にも見える。その見え方もまた、赤絵細描ならではの魅力だ と感じました。とにかく驚きの連続でしたね。写真では伝わらない迫力や繊細さがあって、「これが本物なんだ」と感動したことを覚えています。

九谷焼技術研修所では、2年間にわたって技法を学ばれたそうですが、技術習得の過程で特に苦労したことはありましたか。

研修所に来てくださる先生方は、筆をすっと動かして簡単そうに絵付けをされるんです。でも、いざ自分でやってみると、筆が引っかかったり、筆の角度ひとつで線の太さが変わったりして、なかなか思うようにいきません。一朝一夕で身につく技術ではないことを痛感しました。一方で、友人たちと切磋琢磨しながらも楽しく学べたことは、ありがたかったなと思っています。研修所を卒業した後は、3年ほど福島先生の工房に通わせていただきました。

制作に取りかかる際は、「形」と「絵付け」のどちらから発想することが多いのでしょうか。

器地(白い素地)そのものは生地屋さんにお願いしているので、まず形を見て、その形にどんな柄が合うかを考えるところから始まります。モチーフの着想源はさまざまですね。散歩中に見た風景や、絵本のなかで印象に残ったシーンから発想することもあります。また、正倉院の宝物やペルシャの古い美術にも興味があって、ペルシャの天使の図像や、デフォルメされた動物などを参考にすることもあります。そうした異なる時代や文化の表現から刺激を受けながら、作品づくりにつなげています。

作品に用いられる文様は、どのようなところか ら着想を得ますか?

文様も、やはり日常の風景から着想を得ることが多いですね 。私は森のなかを歩くのが好きなんですが、以前、春の夕方に雑木林を歩いたことがありました。その時、木々の間から差し込む夕日が、光の粒のように見えた瞬間があったんです。その景色がと ても美しくて、「これを小紋にできないだろうか」と考えました。実際に模様に落とし込み、作品に取り入れたこともあります。

赤絵に使う絵の具にも強いこだわりがありそうですね。

現在は、3種類ほどの赤絵の具を混ぜて、自分の理想に近い色を使用しています。赤色の方向性が固まってきたのは、独立を意識し始めた頃でしょうか。ただ、今でも改善したいところはたくさんありますし、これからも少しずつ調整を重ねていくつもりです。今の色がゴールではなく、自分にとって理想の赤を探し続けていきたいですね。

細い線を描くなど、高い集中力が求められる作業も多いと思います。集中力を保つために意識していることはありますか。

自分のなかで、「絵を描くのに向いている日」と「小紋を描くのに向いている日」があるように感じています。どうしても集中できない日は、絵から小紋に切り替えたり、逆に小紋から絵に切り替えたりして、作業内容を変えることで気分をリセットしていますね。それから、夕方の散歩を日課にしています。雨が降っ ていなければ30分ほど外を歩くんです。制作中はずっと座っているので運動不足も気になりますし、細かい作業で手元ばかり見ているので、遠くを見る時間を意識的に作っています。

中谷さんの作品は、余白の美しさも印象的です。余白についてはどのように考えていますか。

制作に没頭していると、どうしても白い部分を埋めたくなってしまいます。点を打ったり、模様を足したり、何かしら手を加えたくなる。でも、描き込みすぎると赤や白、中間色が混ざり合ってしまい、何が主題なのか分かりにくくなることがあるんです。主題を伝えるためにも、余白は意識して残すようにしていますね。作品のなかに余裕があることで、見る人も自然とその世界に入り込みやすくなるのではないかと思っています。

余白以外にこだわっていることはありますか。

盃などの作品では、あえて一部分を赤で塗り込める表現を使うことがあります。私自身、その表現がとても好きなんです。ただ、お客様のなかには「模様や絵を描かずに塗りつぶしているだけに見える」と感じる方もいらっしゃいます。だからこそ、その赤い面が単なる手抜きではなく、「赤く塗り込めた意図」がしっかりと伝わるような説得力を持たせたいと思っています。

制作以外の時間に、どんなことからインスピ レーションを受けますか。

同じ陶芸の世界から学ぶというより、むしろ異なる分野から刺激を受けることの方が多いですね。例えば、高校時代の知り合いが弁論部に所属していて、現在は弁論を事業化し、本も出版しています。その本のなかに、「スピーチにあえて“間”を設けることで、伝えたいことがより鮮明になる」という内容がありました。それを読んだ時に、制作の時と同じだなと思ったんです。余白があるからこそ主題が引き立つ。制作に行き詰まった時は、できるだけ焼き物の外に目を向けるようにしています。

ご自身の作品のなかで、特に印象に残っているものを教えてください。

私は 、幼い頃から和 の 様式や伝統文化に触れて育ったわけではありませんでした。その一方で、函館のトラピスト修道院や札幌のクラーク像など、西洋文化を感じる風景は身近にありました。赤絵を始めて2〜3年ほど経った頃、自分のルーツを作品に取り入れてみようと思い、思い切って天使を描いてみたんです。その流れで、人魚など絵本の世界をモチーフにした作品も作るようになりました。

やわらかい赤で描かれた天使や人魚は、まさに中谷さんならではの表現という感じがします。工芸展に応募するようになったのはいつ頃からですか?

最初に応募したのは、2023年の九谷焼伝統工芸 展です。何か新しいことをしてみたかった気持ちもありました。また、作品を普段とは違う環境に置き、ほかの作品と比較して鑑賞してみることで、比較からでしか気づけない視点や考えが得られたら、という 思いがありました。その後、知人から「日本伝統工芸展にも挑戦してみたらどうか」と勧めていただき、全国規模の公募展にも応募するようになりました。

2023年の九谷焼伝統工芸展では新人賞を受賞し、同年に日本伝統工芸展でも入選されました。そうした評価は、ご自身にどのような影響を与えましたか?

九谷焼伝統工芸展で新人賞をいただいた作品は、天使をモチーフにしたものでした。それまで自分のなかでは、「伝統工芸の世界で天使というモチーフは受け入れられるのだろうか」と不安がありました。でも実際に評価をいただいたことで、自分で勝手に 設けていた先入観が、少し取り払われたような気がしたんです。一方で、日本伝統工芸展の入選については、今振り返るとビギナーズラックだったのかなと思います。ただ、あの経験は本当に大きかったですね。会場では、どうしても未熟な部分や課題ばかりが目についてしまうんです。でも、その経験があったからこそ、それまで見えていなかった課題や可能性にも気づくことができました。

以前は、挑戦すること自体に怖さがあったのでしょうか。

ありましたね。理想とする自分像があって、挑戦すると現実の自分との距離が見えてしまうと感じていました。でも、その差がどのくらいあるのか分かれば、次に何をすればいいのかも見えてきますよね。だから今は、挑戦して損をすることはないと思っています。結果がどうあれ、自分にとって必ず得るものがあると考えられるようになりました。

今後、挑戦してみたいことはありますか?

将来的には、北海道・ニセコのホテルなどに自分の作品を置いていただけるようになりたいと思っています。ニセコには海外から多くのお客様が訪れますので、そうした方々の目に触れる機会を作れたらうれしいですね。出身地である北海道と、今取り組んでいる九谷焼がどこかでつながればいいなと思っています。

実際に、海外のお客様に作品を購入いただく機会も増えているのでしょうか。

ありがたいことに、少しずつ増えてきています。今年2月に金沢・ひがし茶屋街のギャラリーで展示をさせていただいた際、20〜30代くらいのブラジル人の女性が、作品を見に来てくださったんです。その方が、人魚を描いた30cmほどの飾り皿を購入してくださいました。後からお話を伺ったところ、人魚の表情が気に入ったとのことで。自分らしいモチーフに共感していただけたことは、とてもうれしかったですね。

陶芸を続けるなかで、ご自身の価値観に変化はありましたか。

価値観は大きく変わったと思います。陶芸を始めた頃は、「自信を持って作品を作ること」が大切だと思っていました。ただ、この1〜2年ほどで考え方が変わってきたんです。今は「作品を完成させるまで、自分の感覚を最優先に信じ抜く」ことを大事にしようと思うようになりました。周りを見渡すと、もともと才能があったり、それをさらに磨く方々が嫌なほどいて、それが正直悲しくて、自分の制作に自信を持てなくなる時が多々あります。でも、自分の感覚を信じない限り作品は永遠に完成しないのでは、と制作を通じて思うようになりました。そして、きちんと完成した後は、他人のノイズよりも、新しく見つかった私自身の課題や、次に試したいことへと意識が向いているのを実感するようになりました。作品が完成するまで、自分の感覚を信じて手を動かしたい。そんな気持ちが強くなりました。

では、10年後はどのような作家になっていたいと思いますか。

私の周りには、30代から80代まで、それぞれの世代に尊敬する先輩方がいらっしゃいます。でも、10年後の自分を想像した時に、「誰のようにもなれないだろうな」と思うんです。それは、それぞれが唯一無二の表現を持っているから。だからこそ、この先の10年で大切にしたいのは、自身の表現の軸をきちんと言語化にできるようになることですね。なぜこの作品を作るのか。何を大切にしているのか。そうしたことを、自分のなかで整理し、丁寧に形に落とし込めるようになっていたいです。

掲載作品についてお教えください。

「盃 鳥獣紋」 赤色の濃淡を意識しながら、瑞鳥が軽やかに飛ぶ様子を描きました。絵柄に金を施すことで、柔らかな雰囲気になることを意識して制作しました。構図はすっきりさせてみようと思い、轆轤(ろくろ)で引いた横線と、フリーハンドで引いた縦線のみで区画しました。また、構図に対する全体の色使いはこってりさせてみようと、赤色は濃く使用しました。赤 色の部分は、水分量の調整で微妙な赤色の濃さの変化(オレンジがかった軽い赤〜鈍くて重たい赤など)を楽しめたらと思い、制作しました。

PROFILE

九谷焼作家 中谷まこ Mako Nakaya

北海道出身。2021年、石川県立九谷焼技術研修所を卒業。赤絵細描を学び、2024年に独立。伝統的な赤絵細描を基盤に、天使や人魚など異文化のモチーフも取り入れながら、繊細な文様と余白を生かした独自の表現を追求している。2023年に九谷焼伝統工芸展新人賞、第70回日本伝統工芸展初入選。2024年、第71回日本伝統工芸展入選。

Edit:RYOTA KOUJIRO Photography:SHUN SASAKI(SIGNO)[MAKO NAKAYA / KAZUYOSHI KITAMURA] Text:SUI TOYA