俳優・山谷花純、20代最後を見つめた写真集「遠距離、現在此。」発売

COLUMN

俳優・山谷花純の最新写真集『遠距離、現在此。』が6月26日に発売。原点ともいえる場所を巡りながら作り上げた写真集についてや、俳優としての彼女の現在地をインタビュー。

本日の撮影はいかがでしたか? 

とても新鮮な気持ちで取り組めました。グラビア誌面の撮影で、すごく久しぶりに「初めまして」のスタイリストさんとヘアメイクさんにお願いしたんです。今回発売する写真集『遠距離、現在此。』には、「自分の知らない自分を記録する」というテーマがありました。プロモーションの一環で取材をお受けするにあたって、いつもお願いしているヘアメイクさんやスタイリストさんとご一緒することも考えましたが、プロモーションでも写真集に通じるイメージを表現できたらいいなと思ったんです。実際、こうして撮影していただくと、写真集のテーマにつながるような出会いを、ヘアメイクやスタイリングから感じることができました。

今回のスタイリングで、気に入ったアイテムはありますか? 

普段から個性的なデザインがすごく好きで、今回のスタイリングだと、グリーンの…何て言えばいいんだろう。ベストで合っていますか?(笑) 黒のワンピースを引き締めてくれて、すごく気に入りました。 

最近はどんなファッションがお気に入りですか? 

これまでは衣装でも私服でも、黒いアイテムを選ぶことが多かったんです。でも、黒はいくつになっても着られる色だなって思うようになって。20代最後の年っていうことが私の中で結構影響していて、最近はいろんな色の服を選ぶようにしています。 

最近は自分にどんな色が似合うのか、パーソナルカラー診断が流行っています。山谷さんはご自身にどんな色が似合うか把握していますか?

パーソナルカラー診断はずっと気になっています。「イエベ」や「ブルベ」だけでなく、どんどん細分化されているようですし、「イエベはこっちの色のほうが似合う」なんて聞くと、「私は何色が似合うの?」なんて思っちゃいます(笑)。通っている美容室で診断しているようなので、今度調べようかなって考えています。

ちなみに、黒以外で好きな色はありますか? 

実はずっと言ってなかったんですけど、本当はピンクが一番好きです。 

山谷さんの出世作と言える『手裏剣戦隊ニンニンジャー』で演じていた百地霞は、ピンクがテーマカラーのモモニンジャーに変身していましたね。

戦隊ヒーローもので“ピンク担当”だったのが、当時はすごくうれしかったんです。私には3歳下の妹がいて、小さいころは妹が“ピンク担当”だったんです。母や祖母が妹にピンクの洋服ばかり着せていました。私は青とか黄色とか緑が多かったんですよ。だから、どこかピンクは「似合わない」という苦手意識がすごくあったんです。その反動なのか、大人になってから、小物でピンクのアイテムを持つことが多いですね。

山谷さんの意外な一面を垣間見た気がします。ファッションについてもう1点伺います。いま気になっているアイテムや、挑戦したいファッショントレンドはありますか? 先日、ブーツサンダルを買いました。スタイルをよく見せてくれるし、モードにもフェミニンなドレスにも合う、すごく万能なアイテムでした。暑いとどうしても肌の露出が多くなってしまいますが、それを少し軽減できるのがいいなと思っています。グラディエーターのような編み上げとか、ほかのデザインのブーツサンダルも探したいですね。

–6月26日(金)に、山谷さんにとって2冊目の写真集『遠距離、現在此。』が発売されます。写真集の発売は約10年ぶりとのことですが、最初に今回の写真集の話を聞いたとき、どんなお気持ちでしたか? 

「何を残そう」「どんなものを撮りたいんだろう」と自問自答したのは前回と同じです。ただ、10年前と同じことをしても意味がないと思ったので、前作と対比になるものを一冊にまとめるために何をすべきか考えました。今回は撮影場所として小豆島を提案させてもらい、クリエイティブの面でも積極的に参加しました。改めて、一冊の本を作ることの苦労を身をもって知ることができて、とても良い機会になりました。

–2016年、19歳のときに発売したファースト写真集『baby’s breath』とでは、写真集への向き合い方に変化はありましたか?

前作の発売は『手裏剣戦隊ニンニンジャー』が放送されているタイミングでした。その流れで、山谷花純をより多くの方に知ってもらえる機会になるよう出版していただけたんです。周りの方が私のことを考えてくださり、敷いてもらったレールの上に乗っている感覚でした。前回は衣装もヘアメイクも構成も、すべてスタッフのみなさんにお任せして、雑誌のグラビア撮影の延長のような気分でした。可愛らしい衣装を用意していただき、「こんなふうに素敵に撮ってもらえてうれしい」という気持ちのほうが強かったです。

今回は意欲的に誌面作りに参加されたのですね。 

撮影場所として選んだ小豆島は、小学校6年生のとき、初めて親元を離れて一人でドラマ(※『愛の劇場 ラブレター』2008年)の撮影に行った場所です。今年は30歳になる節目の年なので、俳優として自分の原点といえる場所に帰るのもいいんじゃないかなと思い、提案しました。 

掲載されている写真は多岐にわたっている印象を受けました。 

小豆島には3泊4日で行ったのですが、撮影自体は自分でカットや表情を作り込むことはせず、カメラマンの西村康さんをはじめ、信頼しているスタイリストさんやヘアメイクさんなど、スタッフのみなさんに身を任せるような気持ちで臨んでいました。

どの写真も晴天の中、山谷さんが喜怒哀楽をさまざまな表情で見せています。天候にも恵まれたのですね。

最後のほうで雨が降っちゃいました。ただ、ラストに室内で撮影するスケジュールだったので、天候によって撮れなかった写真が一枚もなかったのは幸運でした。

山谷さんは“晴れ女”ですか? 

いや、私はすごい“雨女”なんですよ。スタイリストさんがめちゃくちゃ晴れ女だったんですね。今回はスタイリストさんのパワーが勝ちました。ありがたいです(笑)。

–3泊4日の撮影はどんな日々、どんな時間になりましたか? 

自分と向き合う時間だった気がします。このお仕事を始めて今年で18年になるんですけど、お芝居を始めてからのことを振り返る日々でした。普段だったら目を背けたくなるような過去や、思い出したくないことがどうしても浮かんできてしまったんです。そういう意味では、すごくしんどかったです。でも、現場でどんな気持ちになろうとも、ちゃんと向き合い、受け入れて、カメラの前に立つつもりでいました。

–20代の終わりにメモリアルな写真集を出すことが、ご自身が考えた以上に大変な作業になってしまったのでしょうか?

変に落ち込んだりしたわけではないんです。撮影自体はとても楽しくて、幸せな時間でした。どちらかというと、小学校6年生のときに思い描いていた29歳になれているか、ということをすごく考えていました。「夢はどれくらい叶ったかな」とか、逆に「何個形にできなかったかな」、「何個諦めたかな」とか。仕事に追われているとそういうことに向き合う時間がなかなかないので、いまの自分を客観的に見ることができて、すごく良かったです。

ご自身としては、写真を見れば「このときはこういうテンションだった」ということがわかるのでしょうか?

わかります! わかります(笑)。 

その中で、一番のお気に入りや、思い入れのある写真を教えていただけますか? 

一番のお気に入りは、夕日のカットです。夕日がすごく幻想的で、見ていると引き込まれそうになるんです。あと、酒蔵で撮った写真はどれも“素”の山谷花純が出ていると思うので、気に入っています。 

酒蔵での撮影エピソードを教えてください。 

実際に日本酒を飲みながらの撮影でした。俳優という仕事柄、お仕事では役を身にまとった姿、何か一つフィルターのかかった姿をファンの方に見ていただくことが多くて。酒蔵のカットは、何もつくろわないありのままの姿というか、自分の素の部分をさらけ出せたような気がします。たぶん、家族や友人に見せている普段の自分に近いんですよ。仕事であんなふうにリラックスした気持ちでいられたのは久しぶりでした。ちょっとほろ酔いのカットがあって、それもみなさんにぜひ見ていただきたいです。

例えば、19歳のときでしたら、そういう素顔をカメラの前でさらけ出せましたか?

当時は何も考えていなかったからなー(笑)。きれいに撮ってもらいたい、と思っていました。「きれいな私、可愛い私」を残したいし、“ニンニンジャー”で私のことを応援してくれているファンの方たちも、そういうカットを求めているだろうなって思っていたんです。素の自分というより、写真集を買ってくださるみなさんが喜んでくれる山谷花純を演じなくちゃ、という気持ちのほうが強かったです。

いまは何もつくろうことなく、カメラの前に立つことに怖さはないですか? 

それを言うなら“覚悟”ですよね。「全部見せよう」と覚悟して小豆島に行きました。人によっては使われたくないカットがあると思うんですけど、写真集のオファーを受けた以上、私にも責任があるから、「写真集に使える素材が欲しい」と思っていました。素材があれば、あとはどうにでもなりますから。今回はヘアメイクさんが、「ページをめくればめくるほど、どんどん削ぎ落とされていくようなヘアメイク」にしてくださったんです。撮影でほとんどメイクしてないんですよ。島に到着したところが一番メイクしていて、ページが進むごとにどんどん薄くなっていって。酒蔵のシーンは、マスカラも塗っていないし、アイラインも薄らとしか引いていません。すっぴんに近い状態での撮影も、すごく良いアイデアだと思います。

小豆島は自分を解放するのに良い場所でしたか? 

変に着飾っているほうが浮いてしまうような感覚になりますね。 

–2nd写真集『遠距離、現在此。』を楽しみにしているファンのみなさんに、どんなことをお伝えしたいですか?

これまでの私の人生を一冊にまとめたような、そんな写真集になっています。良くも悪くも、成功も失敗もたくさん経験した結果、すごく研ぎ澄まされた、気負わない山谷花純がこの一冊に記録されていると思うので、ぜひ手に取っていただきたいです。自分の人生の中で一番きれいな姿を収めた自信があるので、大切にしていただけたらうれしいです。

–6月27日(土)に東京・渋谷にあるHMV&BOOKS SHIBUYA 6Fで、直接の「お渡し会」もあるそうですね。

すごく楽しみです。私を応援してくださるファンのみなさんって、しっかり作品をご覧になっている方が多いんです。作品のこと、役のこと、私が出ていないシーンのことまで含めて、作品丸ごと愛してくださるファンの方が多いことがありがたくて、私の自慢です。

『遠距離、現在此。』は山谷さんの20代の集大成として発表される写真集です。20代を振り返って、どんな日々でしたか? 

山あり谷あり、まさに本当に自分の名前のような激動の20代でした(笑)。20代前半は、勢いだけで走り抜けて、考えるよりもとにかく行動!でしたね。このころ、たくさん種をまいたと思います。25歳くらいから、そのまいた種が少しずつ芽吹いて、成長して、さまざまな出会いにつながって。自分がずっとやりたかったことが、「ご褒美なのかな」って思うほど、一つひとつ叶っていったんです。仕事の面では充実していましたが、プライベートが後回しになっていたことに最近気づきまして。「俳優・山谷花純」じゃなくて、一人の女性・山谷花純としての生き方を見つめ直したいと思って、いま努力しているところです(笑)。

–25歳当時、ターニングポイントになったきっかけを教えてください。

朝ドラ(※NHK連続テレビ小説)ですね。『らんまん』(23年)に出演できたことが自分の中ですごく大きくて、俳優として迷いが生じなくなりましたし、自信が持てるようになりました。子役時代に朝ドラに出演したことはありますが、それから10年ほど、“お受験”のように毎年朝ドラのオーディションを受けていたんです。『らんまん』で10年越しの目標が一つ叶ったのは、諦めずにやり続けることの意味や、悔しいことがあったとしても、無下に扱われて唇を噛み締めるようなことがあったとしても、ひねくれずに自分を信じて歩みを進めていれば、ふとした瞬間にご褒美が来るってことを知れました。

『らんまん』が放送された前年、22年には大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で大河ドラマ初出演を果たしています。 

『鎌倉殿の13人』は、初めての大河ということに加えて、時代劇の経験自体がほとんどない状態でした。大河というか、時代劇の仕組みやルールが分からない中、とにかく必死で、手探りで撮影したのが『鎌倉殿の13人』です。 

本年度の大河ドラマ『豊臣兄弟!』にも、武将・荒木村重の妻、だし役で出演されています。

実は『豊臣兄弟!』は別の役でオーディションを受けたんですが、このときのお芝居は自分でも納得できませんでした。その役とは縁がなかったのですが、どうしても『豊臣兄弟!』に出たかったんです。この先、オファーがあるかどうかまったく分からない状況でしたが、お着物を着る役を率先して選んで、時代劇の勉強をずっと続けていました。そうしたら年明けに、だし役のお話をいただけたんです。願いって、念じていれば通じることがあるんだな、と思いました。ことあるごとに『豊臣兄弟!』に出たいと話していましたが、私はつくづく運がいいと思います。

山谷さんが演じるだしは、SNSでも大きな話題になりました。

だしは「絶世の美女」として知られている人物なので、オファーはうれしかった反面、「これはどうしたものか」と正直思いました(笑)。放送されるまで、世間のみなさんからどんな反応があるのか、ちょっとしたプレッシャーを感じていました。おかげさまで評判が良くて、ほっとしています。SNSの書き込みの中には、「山谷花純、大河、悲劇の役ばかり」、「もう少し幸せな役をあげてほしい」という意見があったんです。確かにだしも『鎌倉殿の13人』で演じたせつも若くして悲劇的な最期を迎えた人物なので、また大河ドラマに出演する機会をいただけたら、長生きして幸せな人生を送る人物を演じられるよう、頑張ります(笑)。

撮影では『鎌倉殿の13人』のときと気持ちの面で違いはありましたか?

今回は余裕とまではいかないですけど、ほんの少し、気持ちにゆとりを持って、現代劇と同じように焦ることなくお芝居をすることができました。年齢を重ねたこともあって、時代劇ならではのしゃべり口調など、経験から得た知識を活用できて、俳優として“第二ラウンド”に進めた気持ちでいます。 

山谷花純の“現在此”とはどんなものですか? 

年々、体の変化は感じていますが、意欲の面では以前と変わりはありません。もしかしたら、生き方はどんどん楽になっているかもしれないです。「頑張らなくなった」ということではなくて、自分なりの力の抜き方が分かったというか。だから、かつて自分が思い描いていた29歳よりも、子どもっぽいというか、そんなに大人じゃないかもしれないです。10代のころのほうが、大人になろうとしていたし、大人ぶっていたと思います。その鎧を脱ぐことができて、いまはすごく風通しがいいです。俳優を長く続けていくのに必要な生き方を見つけられつつある気がします。我ながら、いい年の重ね方ができてるじゃんって思います(笑)。

ではひとりの人間として、また俳優として、30代をどう歩んでいきたいですか?

俳優としてはお母さん役や、お仕事ドラマであれば管理職役など、年齢とともに責任感や説得力が必要な役が増えてくると思うので、これまでとは違うものが求められると思います。その時々、要求されたことにしっかり応えていきたいですね。そして“俳優・山谷花純”は、作品を見てくださるみなさんにとって、親近感のある存在でいたいです。

仕事、プライベート問わず、いま挑戦したいことはありますか? 

福井県にある「恐竜博物館」に行きたいです。昔から恐竜が好きで、中でも“推し”はスピノサウルスです。先日も母や妹と一緒に恐竜ショーを見に行ってきました(笑)。そこでたくさん恐竜グッズを買って、「いつか福井の恐竜王国に行きたい」という夢ができました。恐竜に関するお仕事ができたら、最高ですね(笑)。

最後にファンのみなさんに、メッセージをお願いします。いつも応援してくださるみなさんには、気持ちの面でもすごく支えていただいています。なかなか会う機会や交流する機会を作れず申し訳ないと思っていますが、感謝の気持ちを写真集『遠距離、現在此。』に込めました。今後はお渡し会だけでなく、SNSなどを通してもっと交流する機会を作っていけるよう私も努力しますので、みなさんも楽しみに待っていてくれたらうれしいです。

書名:山谷花純写真集 「遠距離、現在此。」
著者:山谷花純
撮影:西村康
発売日:2026年6月26日
定価:3,850円(税込)
仕様:A4判
ISBN:978-4-04-811839-2
発行:株式会社KADOKAWA
https://store.kadokawa.co.jp/shop/g/g322510001231

●お渡し会イベント開催日時/会場
日時:2026年6月27日(土)【1部】11:30~【2部】12:30~
会場:HMV&BOOKS SHIBUYA 6Fミュージアム側イベントスペース
HMV&BOOKS SHIBUYA
https://www.hmv.co.jp/store/btk/

俳優 
山谷花純 KASUMI YAMAYA

1996年12月26日生まれ。宮城県出身。エイベックス・マネジメント・エージェンシー所属。2007年、エイベックス主催のオーディションに合格し、翌年ドラマ『CHANGE』でデビュー。ドラマ『手裏剣戦隊ニンニンジャー』(15)の百地 霞/モモ二ンジャー役で注目を集める。映画『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(18)では末期がん患者役を丸刈りで熱演。近作に『鎌倉殿の13人』(22)、連ドラ初主演作『親友は悪女』(23)、『らんまん』(23)、『新空港占拠』(24)、『アンメット ある脳外科医の日記』(24)、『豊臣兄弟!』(26)など。主演映画『フェイクプラスティックプラネット』(20)でマドリード国際映画祭2019最優秀外国語映画主演女優賞を受賞。

Model:KASUMI YAMAYA Styling:SHINGO TSUNO (impiger) Hair&Makeup: Kumi Text:AOI TANAKA

衣装協力 リング ¥19,800(1AR by UNOAERRE/ウノアエレ ジャパン)
SHOP LIST ウノアエレ ジャパン 0120-009-488