日本の美術のなかでも、「襖絵」や「屏風絵」は、空間と一体となって美を紡ぎ出す独特な芸術です。光の変化や時間の流れとともに表情を変え、見る者を深い世界へと誘います。本企画では、現代を代表する三人の絵師に焦点を当て、彼らが筆を通じて表現する世界観と、伝統を現代に継承する姿勢を探求します。

東日本大震災の災害の中で、肉親を探し求める様子を烏の姿に重ね合わせ伊東は「鎮魂図」を描きました。石田の奇妙なオブジェ「花の森」の下を潜り抜けながら、襖絵とオブジェが指し示す「生きることとは死ぬこととは。」虚いの空間を彷徨いながら問いかけているようです。
「花の森」 インスタレーション 石田泰道 Taido Ishida
1968年山梨県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科修了。地元、市川大門の障子紙工場の製造行程で廃棄される紙くずを再利用しながら花をモチーフに制作している。花の一瞬の美しさを永遠の美に封じ込めるため、化石のような風合いを追求している。
伝統の向こう側へ。現代の「絵師」たちが照らす新たな地平
静謐な空間に、ひそやかに、そして力強く広がる絵の世界。「襖絵」や「屏風絵」といった日本独自の美術は、単なる絵画ではなく、空間と共鳴する「場」 の芸術である。襖を開け閉めする動作、光の変化、座る角度──それらすべてが絵と連動し、時間の流れとともに表情を変えていく。伝統的な日本建築のなかで育まれたこの表現は、時代の変遷に伴いその 存在感を変えつつも、現代を生きる絵師たちの手によって、今また新たな息吹が吹き込まれている。
三人の絵師「伊東正次」「木村英輝」「鳥羽美花」 へのインタビューから見えてきたのは、伝統を尊重しながらも、いまここにしか生まれ得ない表現を追求する姿勢である。彼らは、三者三様のアプローチで、空間や光、そこに集う人々の気配と呼応しなが ら、一体となってひとつの世界を創り上げていく。その様子は、ファッションが着る人の身体やライフ スタイルに合わせて完成するプロセスと、どこか似ている。
日本画家・伊東正次の襖絵には、張り詰めた気配と同時に、ほのかな温もりが漂っている。彼が描くのは、樹齢4百年と言われる楓の老木、月光に照らされた富士山、あるいは散りゆく花の一瞬。現代美術家・石田泰道とのコラボレーションでは、東日本大震災を題材に《鎮魂図》を制作。石田のオブジェ《花の森》と呼応しながら、“生きること、死ぬこと”をそっと問いかけるような空間をつくり上げた。「アートは美術館だけにあるものではない」。そんな思いから、彼は能楽とのコラボレーションや、地域遺産の再解釈、さらには循環素材を用いた作品制作など、社会との接点を意識した創作を積極的に行っている。若い世代にとって身近なアニメや漫画などの「線の文化」にも共鳴しながら、アートが人々の日常や心にそっと寄り添うような在り方を模索している。
絵師・木村英輝の作品世界に足を踏み入れると、思わず身体が反応する。彼の絵は“動く”。若いころに音楽プロデューサーとして名を馳せた木村は、60歳を迎えて絵師に転身。以来、“命”をテーマに、植物や動物をダイナミックな構図と極彩色で描き続けている。その舞台は、寺社や料亭だけでなく、カフェ、 ライブハウス、ホテル、果ては街中のビルの壁面にまで及ぶ。「壁があれば、どこにでも描く」という木村の作品は、まるで空間に生命を吹き込むようだ。伝統技法へのリスペクトは持ちつつも、あくまで自分の表現を貫く姿勢は痛快ですらある。彼の絵には、年齢も形式も超えた自由が宿っている。
一方、染色画家・鳥羽美花のアプローチは、繊細で内省的だ。型紙を彫り、糊を置き、幾重にも染料を重ねる。18工程にもおよぶ型染めの手仕事のなかに、鳥羽は“時間”を刻み込んでいく。京都で育まれた美意識と、ベトナムで感じた熱気と混沌。その両極を内包する彼女の作品は、壮大なスケールでありながら、どこか祈るような静けさを帯びてい る。特筆すべきは、布という「生きた素材」へのこだわりと、染料による「内側から発光するような色彩」。伝統をただ守るのではなく、自らの感性を通じて更新する。まさに、過去と未来をつなぐ媒介者としての姿がそこにある。
三人の絵師に共通するのは、「伝統」を固定されたものではなく、絶えず更新される生きた表現ととらえている点だ。技術がどれほど進化しても、手で描かれた一枚の絵が宿す「温もり」や「祈り」は、変わらず私たちの心の奥に響いてくる。過去をただ守るのではなく、自らの呼吸と重ねながら、伝統を新たなかたちへと変化させていく。彼らがなぜ絵を描くのか、 何を大切にしているのか──その言葉に触れることで、絵と空間の関係性、そして襖絵や屏風といった表現形式の奥深さが、これまでとは違った輪郭をもって立ち現れてくるはずだ。

鎌倉時代に南宋から渡来した禅僧・蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)によって創建された「西来院」(建仁寺 塔頭)に奉納した作品です。2025年1月、俳人・黛まどかさんとの共作として「俳句涅槃図」を制作しました。涅槃会の夜、西来院の庭に満月の光が差し込み、白砂が静かに輝く情景を詠んだ句には、私たち二人の名前がさりげなく織り込まれています。

開山栄西禅師8百年大遠諱に建仁寺に奉納した襖絵。
Edit:RYOTA KOUJIRO Text:SUI TOYA
