華道は、四季の移ろいを尊び、自然の姿をあるがままに捉える、日本独自の美意識を象徴する芸術です。花をいけるという行為は、自己と向き合い、自然とのつながりを深く感じる、精神的な営みでもあります。本企画では、日本を代表する3人の華道家に焦点を当て、彼らが花を通じて表現する独自の世界観を探求します。

作 假屋崎省吾 Shogo Kariyazaki
2016年 目黒雅叙園・百段階段 假屋崎省吾の世界―千秋楽―「清方の間」作品
大きく実のなったカリンの枝を部屋いっぱいに構成し、そこに黄着色したドライの枝垂れ桑をリズミカルに配置。足元には、私自身が制作したガラスの花器に、様々な種類のバ ラを枝物と調和するようにいけた作品です。「清方の間」の静寂と假屋崎流いけばなが融合した荘厳な一作です。
写真 増田伸也
花と生きる、美と向き合う。三人の華道家の美学と哲学
「美」とは何か。この根源的な問いに、明確な答えを与えることは難しい。時代や文化によって定義が変わるばかりか、個人の感性によっても姿を変える。しかし、華道の世界では、この曖昧でつかみようのない概念を、花や枝、そして空間という具体的な要素を通じて表現し続けてきた。三人の華道家「假屋崎省吾」「大谷美香」「粕谷尚弘」のインタビューから見えてきたのは、美を具現化するための三つの道筋である。
假屋崎省吾の花に対するアプローチは、まるで言葉を紡ぐようなもの。一輪一葉の配置や色彩の選択には明確な意図と構成があり、作品を通じて空間に物語を立ち上げていく。その背景には、幼少期から植物に親しみ、花を通じて人の感情を動かす経験を持った原体験がある。自ら育てたバラが教室で「きれい」とため息を誘った瞬間、花の美が人の心に作用する力を、彼の心に強く刻みつけた。その感性は、現在に至るまでぶれることなく貫かれている。花は雄弁であり、二つと同じ個体がない。花に語りかけるように素材と向き合い、その個性を見極めて生かす。そして、自らの視点を加えることで、また新たな美を立ち上げる。構想から形をなぞるのではなく、素材とともに“その場”で生まれる予測不能な流れを受け入れる即興性こそが、彼のいけばなの核である。
大谷美香の花の表現には、常に新しい挑戦と発見が伴う。彼女のアプローチの基盤には、師匠から受け継いだ「今を生きる花をいけなさい」という教えが息づいている。北京、杭州など、中国各地で披露されたパフォーマンスは、その象徴的な事例だ。伝統的ないけばなの枠組みでは描ききれないスケールと演出。音楽堂や室内プールという非日常的な舞台に立ち、舞踊と融合させた大規模な作品をいける。そこでは、一本の花を手にする所作が、まるで神話の一節のように観客の記憶に刻まれる。枝や花弁といった素材に生命を吹き込み、その場に新しい時間の流れを創出する。美を自由かつ創造的に表現する彼女の姿勢は、室町時代から続く、いけばなという芸術に新しい視点をもたらしている。
粕谷尚弘は、花を通じて「表層ではなく本質に触れることによって浮かび上がる美」を追求する。粕谷が身を置く「一葉式いけ花」は、自由花を中心とした表現に開かれた流派であり、基礎を築いたうえで、やがて“自分式”のいけばなへと辿り着くことを理念としている。その土壌のなかで、彼は「純粋に向き合うこと」の大切さを師である父から学んだ。技巧をひけらかすのではなく、自分が本当に何を表現したいのかに向き合うこと。そこに濁りのない作品が生まれる。彼が惹かれるのは、風雨にさらされながらも凛と立つ、生命の痕跡をとどめた花であるという。そこには、ただ単に“きれい”なものではなく、“生きた美”への憧憬がある。逆境に育った花の姿に、彼は表面的ではない“華”を見出す。これは人間の在り方とも重なり、見る者に、改めて「美とは何か」という根源的な問いを突きつける。
三人の華道家が示してくれたのは、美は完成形ではなく、過程であり、対話であり、感情そのものであるということだ。自己と向き合い、花と向き合い、空間と呼吸を合わせる。その連続の先にしか、美は現れない。ファッションもまた、身体と向き合い、時間とともに変化しながらその人らしさを立ち上げる営みだとすれば、華道はきわめて近い場所にある表現と言えるだろう。華道を通して見る「美」のあり方は、日々変わりゆく私たちの生き様を映し出す鏡のよう である。三人の華道家が花とどのように向き合い、どのように表現をつくり上げていったのか、次回に続くインタビューのなかで、さらに深く探っていきたい。

作 粕谷尚弘 Naohiro Kasuya
ホテル雅叙園東京の東京都指定有形文化財「百段階段」の企画展 「和のあかり×百段階段2024~妖美なおとぎばなし~」において、草丘の間の空間を活かしながら「鯉の滝昇り~登龍門伝説~」という物語をテーマにいけた、水墨画家の小林東雲氏とのコラボ作品。空間を活かしながら物語の世界観をいけばなで表現し、水墨画の龍に龍に変化していく滝のイメージをサラシホウキで表現したいけばな。

作 大谷美香 Mika Otani
あるドラマの最終回のためにいけた花。主人公が『そこにある幸せ』に気づいた瞬間、 心の奥に新たな花が咲き誇る。それは、枯れることのない『幸福』という名の花。心の中に広がる優しさと安らぎを繊細に表現。
Edit:RYOTA KOUJIRO Text:SUI TOYA