加賀百万石の豪華絢爛な色絵時期である「九谷焼」。約370年の歴史のなかで、五彩手や青手など多彩な洋式を生み出し進化を続けてきました。本特集では、伝統技術を受け継ぎながら、現代の感性で未来を切り拓く3人の作家に注目し、変わり続けることで受け継がれてきた、九谷焼の新たな魅力に迫ります。

食道がんと8度の誤嚥性肺炎を経験し、幾度も生死の境をさまよった。退院後、小松市の木場潟を夕暮れ時に一人歩いていた時、とめどもない寂寥感に襲われた。その時、一輪の真っ赤な曼珠沙華が目に飛び込んできた。その鮮烈な赤は私に希望と癒しを与え、本作の着想となった。赤は浄土の世界を象徴し、生命の輝きと愛への賛歌でもある。病と向き合った「病三部作」を締めくくる作品。
守るために変わり続ける九谷焼の現在地
華やかな意匠と緻密な絵付け。九谷焼は、日本を代表する色絵磁器として、約370年の歴史を刻んできた。 その始まりは江戸時代前期。加賀藩の支藩である大聖寺藩の命により、九谷村(現在の石川県加賀市)で焼かれ始めたのが起源とされる。しかし、窯は約50年で突如として姿を消し、およそ100年の空白を経て、19世紀初頭に加賀藩営の「春日山窯」によって再興された。
再興九谷の時代には、緑・黄・紫・紺青の四彩で古九 谷の再現を目指した「吉田屋窯」、緻密な赤絵細描を特徴とする「宮本屋窯(飯田屋風)」、さらに西洋顔料や金彩を取り入れた豪華絢爛な「九谷庄三」など、多彩な画風が次々と生まれた。
今日、「九谷焼」と一括りに呼ばれるものも、単一の様式ではない。色彩豊かな上絵付けという共通項を持ちながら、多様な技法と表現が共存している。変化を受け入れながら発展してきたことこそ、九谷焼という文化の本質なのだ。
その精神は、現代の作家たちにも受け継がれている。今、九谷焼の世界では、伝統技法を継承しながらも、それぞれの作家が独自の表現を模索している。古から受け継がれてきた色彩や絵付けの技術を礎としながら、現代の感性や価値観を反映した作品が次々と生み出されているのである。
今回取材した3人の作家もまた、それぞれ異なるアプローチで九谷焼の可能性を広げている。

「翠」は翡翠の翠です。古九谷以来、九谷焼は 「青九谷」と称されるほど緑を大切にしてきました。また、中部地方を象徴する色が緑であることや、天台密教を開いた最澄への憧れもあり、「澄む」という文字への親しみも重ねています。襲名後の新たな歩みと、伸びゆく緑、50代でいよいよ熟年に向かう自身の姿を重ねて命名しました。

建国記念の日の午後、大粒の牡丹雪が降るなか、父は涙をこぼしながら「あと頼むね」と何度も語りかけ、天へ昇っていきました。その傍らには、法隆寺金堂壁画の飛天を思わせる女性たちが琵琶や笛を奏でながら寄り添っていました。その光景は音楽となり、色彩のグラデー ションとなって、窯からは「奏」という名の香炉が生まれました。
九谷焼を代表する名跡を受け継ぐ四代 徳田八十吉は、人間国宝であった三代から、「耀彩」という釉薬の濃淡で美しいグラデーションを描き出す技法を受け継いだ。2010年に襲名し、伝統技法や色彩の理論を守りつつも、女性らしいモダンな感性や現代の空間に合うフォルムなど、独自の表現を精力的に模索・発表している。
一方、北村和義は、九谷焼の魅力をより広く届けるための表現を追求している。チョロQやスニーカー、ギター、さらにはポップカルチャーやキャラクターとの融合など、その活動は既存の工芸の枠にとどまらない。現代のライフスタイルや多様な文化との接点を模索しながら、九谷焼との新しい出会い方を提案している北村の姿勢は、工芸がこれからの社会とどのようにつながっていくのかという問いにも通じている。
そして、中谷まこは、伝統技法を学びながら、自らの感性を重ね合わせることで独自の表現を育んでいる。九谷の伝統的な赤絵細描を基盤にしながら、イラストレーションの要素や、現代に生きる自身のパーソナルな視点・日常の空気感を落とし込んだ、新鮮な作風が特徴だ。その挑戦は、次世代の作家たちが伝統とどのように向き合っていくのかを考えるうえで興味深い。
三者に共通するのは、九谷焼を「完成されたもの」として捉えていないことだろう。受け継がれてきた技術や美意識への敬意を持ちながら、そこに自らの視点を加え、新しい価値を生み出そうとしている。伝統とは、ただ守られるものではない。人から人へ受け渡される過程で少しずつ姿を変え、時代ごとの表現を獲得していく。その連なりのなかにこそ、文化の生命力が宿る。変わらないものを守るために、変わり続けることを恐れない。その営みこそが、九谷焼という文化を今日までつないできた。
本特集では、それぞれ異なる視点から九谷焼に向き合う3人の作家を紹介する。彼らはどのように自らの表現を築いてきたのか。その歩みをたどることで、九谷焼が今なお多くの人を魅了し続ける理由、そして未来へ受け継がれていく力が見えてくるはずだ。
Edit:RYOTA KOUJIRO Photography:SHUN SASAKI(SIGNO)[MAKO NAKAYA / KAZUYOSHI KITAMURA] Text:SUI TOYA
